http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/geinou/news/20061019spn00m200004000c.html
大変悪評高い映画『ゲド戦記』のテーマ曲の詞についての盗作・・・というか、発信する側のモラルが問われることと同時に起こってるこの、松本零士さんとマッキーという一体どこで何がつながってんだ?? と思うようなこの事件なんだけども。
私は子供の頃から文章を書くのが好きでね。20歳過ぎてから書いたある物語の最終的にたどりついた結末の最後の一文が「目に見えるものより目に見えないものの方が価値があるもんね」だった。書きあがってからしばらくして、たまたま小学生の頃の日記が出てきてね、その日記帳のうしろの方にいろんな詞とか名言とかが載ってるページがあるんで自分の日記なんかどうでもよくてそっちを読んでみたら、大昔の哲学者の言葉としてまったく同じ言葉が載っててものすごいショックだった経験があるんだよね。だってさ、その言葉は私が自分の力で、その物語を書いた結果得た真実だと思ってたんだもん。それをさー、もう何百年だか前にとっくに言ってた人がいたなんてさ、完全なぬか喜びじゃん !! 絶対にマネしたわけじゃないからー !!
学生の頃にイギリス・スイス・フランスに行ってさ、イギリスのマンチェスターって町で人混みの中にいた時にね、「地球の裏側でも、何も違わないんだなぁ。朝起きて、学校行ったり会社行ったりして家に帰って来てご飯食べて・・・・ 目の色が違っても髪の色が違っても、なぁ~~んにも違わないんだな」って当たり前なことを実感したんだよね。そしたら、自分があれがイヤだのこれがイヤだの、あっちが好きこっちがいいとか文句言ってんのなんか、小っちぇーなーと思ってさ。みんな同じじゃないかって。 その後10年以上の時間が経った頃に、かまやつひろしさんのベスト盤を買ったんだよ。その中に『サンフランシスコ』って曲が入ってるんだけど、その曲は、マンチェスターの人混みで実感したあの気持ちが、実にぴったり当てはまってたんだ。「どこで暮らしていても 生きる悲しみは変わらない 同じもの ここまで訪ねてわかったよ」っていう件が、あーあの時私が感じたのはこれだっっ !! って。 そっかー、ムッシュはずーーっと昔にとっくに気付いてたのかー。でも大好きなムッシュと同じことにたどりつて良かった (・∀・) って、この時は素直に喜べたなぁ。
というわけで、私には「盗作」って言われることに抵抗があるマッキーの気持ちもよくわかるんだけど、1度「(あのフレーズは)記憶にあったものから出たのかもしれない」と言っておきながら「スリーナインなんて読んだこともない」と態度を一転させたこと「だったら『銀河鉄道』だって先人の盗作じゃないか」と言い返してるのは良くないね。ケンカ売ってるじゃん、これ。本当に知らなかったなら「それは知りませんでした、失礼しました」って一言言えば済むことだったと思うけどね (・_・) 松本さんはそんなケンカの売り買いする程、子供でも小さくもないと思うよ。
なので、今回のこの件、マッキーの気持ちもよくわかるけど、私は松本さんの応援側であります。 やっぱ事が起こった時ってのはさ、その対応で進む道が変わるじゃない?? しかも今回のは明らかに全く同じフレーズでしょ。開き直ってケンカ売るって・・・ 人として素直さがないし、言葉を使う者として向上心がないと思うな。本当にたまたま同じであったなら、悔しがれよっっ それでご飯食べてるプロなんだろっっ。ワシゃ好きで書いてただけだけど、何百年も前にとっくに気付かれてることを今更、自分の力で見つけたなんて喜んだりして、なんて自分はちっぽけなんだ (T_T) って悔しくて悔しくて、情けなくてものすごいショックだったぞっっ マッキー、あの時のワシを見習えっっ !!
まぁ女の子の集団の内の1人だった子が「アイデアにつまって、人の詞を使ってしまいました」ってのは、バレた時に正直だっただけで、なんとも情けなくていただけなかったけどね (・_・)
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