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2008年7月 4日 (金)

『瞳』 (;_;)切ない

あたしさー、・・・小池のことは信用してないよ。でもね、それとは別に、このドラマが始まった当初から、里親ってのはその子が実の親を嫌いにならないように育てなきゃいけないって思ってたの。それを月島のじいちゃんと節子ばあちゃんは、ちゃんとしてたんだなぁと思ったら、あースゴイなー、と思っちゃった。 じいちゃんの涙は、素直に会いたいって言えるショウタが嬉しかったのもあるのかも、と思った。あんなにかわいそうだったのに、あんなに悲しい子だったのに、お母さんに会いたいって言える子に育ってくれて良かったなぁって。そんなふうにも思ってたんじゃないかなー。

名画『砂の器』のラストシーンを思い出したよ。若い森田健作は、加藤剛が父親に会いたかったのか会いたくなかったのかわかんないでいるんだけど、丹波さんは「会いたかったに決まってる!」と一喝するんだな。 まぁこの映画の場合はお父さん全く落ち度ないどころか、むしろ本当に愛情深い父親で、あの過去のシーンからしたら、絶対に、間違いなく、加藤剛はお父さんに会いたかったよ。本当だったら地位も名誉も全て捨てても会いたかったろうと思うよ。 似て非なるものなんだけど、親を慕う子供の気持ちっつーかな、んー、なんとなく連想したよ。

余談

私はね、子供の頃の加藤剛がどうして緒方拳から逃げちゃったのかわかんなかったんだよ。ずーーーーっとわかんなかった。きっと昨日だったらわかんなかったと思う。でも今日、さっきジィ(父)と何気なく映画の話してたら突然、自然とわかったよ。 お父さんを追いかけたんだね。緒方拳から逃げたんじゃなくて、お父さんのとこに行こうとしたんだね。心配だったんだよ。自分が1人になったのも怖かったろうけど、お父さんがどこに連れてかれたのか、心配だったんだよね。きっと助けに行かなきゃって思ってたんだと思う。お父さんに会いたかったんだね。 そう思うと、お父さんとずっと連絡をとっててくれた緒方拳には、心の1番奥では、どんなにしてもお礼しきれないくらい感謝してたのかも。でも、お父さんを追いかけて、どこにいるかもわかんないでどうにもならなくなってから、そんな気持ちを越えるというか、その本当の本当の気持ちをも殺してしまえる程の体験をしてしまったんだろうなぁ。 何があったんだろう。

・・・・見たくなっちゃった。 でもなー、あれ見ると頭痛くなる程涙が出て止まんないからなー (T_T)  もう既に頭痛くなってるし。

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コメント

 『砂の器』における悲劇の根本には、ハンセン病に対する偏見・差別があるんですよねぇ・・・
  
 伝染の危険性がきわめて低く、感染しても発病することが少なく、患者も薬物治療によって完治できるにもかかわらず、いまだにハンセン病への偏見は存在しています。

 ほんま、この偏見がなければ、加藤親子(加藤嘉・加藤剛)が、放浪の旅を続けることもなかったはず。
 そして、加藤剛が緒方拳を殺害することもなかったはず・・・

 数年前にテレビでリメイクされたドラマでは、ハンセン病の「ハ」の字も出てこず、大いに失望しました。

 ちなみにあの名画における「興ざめ」は、劇終盤の捜査会議における森田健作の「棒」です。^^;

投稿: かせたに | 2008年7月 5日 (土) 23時48分

かせたにさん: あの映画、ホントによく作ったよなーって感心するよ。だってさ、原作と全く違うんだもん! 原作にもハンセン病の「ハ」の字も出て来ないどころか、音で人を殺す、なんて突拍子もない殺し方なんだもん。そこからこあの映画作ったなんて、スゴイとしか思えないわ。

リメイクで出来のいい物って見たことないなー(・_・) なんつーか、世の中の善悪とか、なんつーの、価値観とか、全てが変わりすぎてるし、あの映画を現代版には絶対にできないと思うよ。
あー、ほら、こないだのさ、天国と地獄だってそういうことだよね。

森田健作、棒だったっけ?? 終盤はもうそんなこと気になってないや(・∀・)
丹波さんと森田健作のやりとりが、あー男の人たちの世界ってこんななのかなーって感じで、私はそこら辺も好き。その辺は原作での方が、へーこんななのかー(・∀・) って、いいシーンあるなー。

投稿: ゆら | 2008年7月 6日 (日) 00時36分

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